没個性だった自分とライターとしての仕事

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小学校から大学にかけて、自分には個性がないと言われていた。実際は独特の存在感(オーラ)があったのではないかと推測されるが、少なくとも両親からは「没個性」「凡庸」な子供として育った。だから将来は安定した職業に就くことを望まれていたし、企業に勤めるにしても東北の大手企業(というと電力会社と地銀しか出てこないが)に就職するだろうと思われていた。

しかしながら、そんなどこにでもいる青年がハマったのが、ブログである。私が大学1年生の秋ごろ、ライブドアの堀江社長(当時)が近鉄買収に名乗りを上げた時にブログブームが訪れた。このブログがある意味、自分の個性を出せるスペースとなった。

昔からテレビっ子でお笑い番組が好き、ラジオも好き、漫画も好き(こち亀全巻持っていた)、日本史マニア(学年1位)で刑事ドラマのフリークとなれば、それなりのサブカル的なストーリーは作れる。ブログではどんどん趣味的なことを書いていった。没個性と言われていたのは自分の個性を発表する場が無かったからであり、ブログによって一気にアウトプットする場を得た。

ただ、ブログだけで生活できるとも思っていなかったし、そもそもブログメディア業界が今ほど大きくなかったので、就職はふつうに大手を選んだ。安定と両親への恩返しという意味があった。いくつか内定をもらい、最終的には大手金融機関に決めた(某電機メーカーにも内定をもらっていた。もしあの時電機メーカーを選んでいたら、また違った人生になっていたかもしれない)。

しかし実際に働いてみると違和感があった。詳しい話は別記事で書こうと思うが、業界として「現状維持」の雰囲気があった。これが私には合わなかった。そこで転職を決意するわけだが、すぐに転職する前に、実際に自分の記事がどのくらい読まれるのかを試してみたいと思った。縁あって、ITmediaの誠ブログというところで記事を書くことができるようになった。まわりは社長とかコンサルタントばかりだったので、「新人が訊く」というテーマで、社会人1~2年目がインタビュー(今読むとお粗末だが)するという連載を始めた。ここである程度数字が取れることがわかったので、ウェブメディア業界に進むことにした。

ウェブメディア編集部での経験を経て、いまは完全に文章だけで生活している。10年前、大学1年の自分に今を想像できただろうか。自分の思いつきが記事になっていく様は爽快だ。ある意味個性を認められているといえる。もちろん個性を消す文章の仕事もあるけれど、本人の個性が出ている文章は読み応えがあるし、信頼感もある。ニーズに合った記事であることはもちろん、そこにいかに自分の個性を盛り込めるか。そのせめぎ合いが職人気質の私には楽しいものに感じる。

これから10年後は想像できない。10年前に今を想像できなかったように。でも、ブログとはまた違ったメディア(もしくは雑誌のようなもの)に携わっていたいなと思う今日この頃なのである。

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